2013年4月29日月曜日

梅の手入


一昨日、隣の家に植木屋が来て剪定をしていた。丁度盆栽の水やりをしていた時だったが、盆栽が気に入ったらしく話が弾んでしまった。


私の庭を見ていた植木屋は、ツタで絡まった梅の木が気になたようだった・・梅の木は、幹を見せるものだそうだ。梅の木の為にも良くないとのこと。


私が知る限りずっと前からヘデラが絡まっていたが、あまり気にしていなかった。最近上の方まで伸びて確かに鬱蒼としてきた。



今朝、早起きをしてヘデラを取る事にした。下の方はクレマチスと絡まって大変だったが、3時間かけて全て取り除いた。
確かに幹が見えるとすっきりする。初めてこの梅の幹を見た。


















2013年4月21日日曜日

吹雪の夏山での幻覚

幽体離脱を経験した時も死とは隣合わせだったが、こちらも死に近かった・・

もう何十年も前の事、学生だった私は友達と二人で北アルプスの白馬岳に登った。下山するとき、吹雪になってしまった。下山路は右側は比較的なだらかだが、左側は急な崖が谷底まで続いていた。雪はその谷底から上に向かって吹き上がっていた。視界は悪く、二、三メートル先を歩く友達の背中が霞んで見える程だった。

吹雪はみぞれ混じりだったと思う。足がびしょびしょになった。
私は、その時ポンチョしか雨具を持っていなかった。ポンチョは足を覆うようにはできていない。下から吹き上げて来る吹雪には殆ど役に立たなかった。膝から下は完全に濡れ、冷たい水が登山靴の中まで入って来た。足が冷えて殆ど感覚が無くなっていた。

一刻も早く下山して、体を温めたかった。そのような状態で歩き続けていた・・・相変わらず吹雪は酷く、友達の姿以外は真っ白で何も見えなかった。そんな時、二、三メートル離れた左側に雲の切れ間が見えた。雲の切れ間は明るくて、一寸下に家が見えた。家は日の光を浴び輝き、何ともいえない温もりを感じた。こっちに行けば暖かそうな家に行ける・・体も温まってきたように感じた。

その時、もう一人の冷静な自分がいた。今自分は、三千メートルの山の崖っぷちを歩いている。左の方に足を置いたら、谷底に落ちてしまうではないか。こんな所から家が見える訳が無い。・・・辺りは吹雪の山に戻っていた。

それから数時間後、私達は無事に下山した。登山靴を脱いでみると、靴下はびっしょりと濡れ足の感覚は全く無かった。寒さとほっとしたのとで、体ががたがた震えた。

あの時は、寒さと疲労の極限状態の中で幻覚を見たようだった。遭難一歩手前だった。幽体離脱を経験した時もそうだったが、両者に共通するのは、その時気持ち良く感じた事だ。誘惑に負けていたら死んでいたに違いない・・思い出すとぞっとするが、死ぬ時は案外気持ちがいいのでは、と思うようにもなった。

2013年4月20日土曜日

臨死体験 幽体離脱

皆さんは、幽体離脱を信じるだろうか?体と魂が分離するというあれだ・・ 私は実際に幽体離脱を経験した事がある。

10年位前の夏だった・・その夏、持病の喘息が悪化して入院した。一週間近く点滴を受けて一応退院をした。しかし、退院後の方が酷かった。退院した日、部屋の中に入ろうとしたら、全身がピリピリと痛痒くなった。辛いので暫くは庭にいた。無理に部屋に入ったら、徐々に赤い斑点が出てきた。部屋の中でもピリピリが酷くなる場所と、そうでも無い場所が有るようだった。ベランダと風呂場は症状が軽い事がわかった。その夜は、風呂場で寝る事にした。湯船の上に蓋を敷き、その上で体を横たえて寝た。


その夜、自分の"命"の数が数えられる事を知った・・通常健康な時は、"命"の数は数万から数十万ある。その夜は、自分の"命"の数は百を割っていた。夜明けが近づくにつれ、90、80と減ってきた・・体は全身真っ赤になっていた。土曜日で病院が休みだったので、行きつけの治療院に行く事にした。家内に車で連れて行って貰うようお願いしたが、朝早いから治療院が開くまで待つように言われた。

私は待てなかった。決死の覚悟で一人で行く事にした。普段なら治療院までは自転車で20分もかからないが、その日はたどり着ける自信は無かった。「私が倒れていたら、この治療院まで連れて行って下さい」と書いたメモを持ち、自転車に乗った。トラックが通る度、「ブオー」という音がもの凄く大きく全身に響き、自転車がよろけた。
治療院はまだ閉まっていた。入り口の前で待つ事にしたが、そのうちに座り込んで眠ってしまったようだ。


やがて、治療院の人に見つけられたが、まだ早いので待合室で待っていて下さいと、中に通された。私は待合室のソファーに座って一人で待っていた。眼を閉じると、またあの"命"が見えた。その数は20も無かった。"命"が10を割った頃、自分の呼吸が止まったのが判った。次の瞬間、激しく息を吸った。・・と同時に自分が体から少し離れた感じがしたが、すぐに戻った。また、呼吸は止まった。次に激しく息を吸った瞬間だった。自分は、体から完全に離れて、天井近くで浮いていた。下を見ると、ソファーに腰掛けている自分の姿がはっきりと見えた。

あれ、今、自分は死んだのだろうか?と思った。空を飛んで、街の景色を見たい、という誘惑にもかられた。このまま外に飛んでいってしまったら、死が「確定」する事も漠然と判っていた。「絶対死んではいけない。今、死ぬ訳にはいかない。」と強く思った。深呼吸をして、息を整える事にした。・・・次の瞬間、私はソファーに座っていた。


クレマチス
















フェンスに絡ませたクレマチスが咲き出した。残念ながら、バラが咲く頃には散ってしまい共演とはならない・・もう少し遅れるとH.F.ヤング、続いてバラの羽衣が咲く。
















花びらは薄い紫で中心が濃い紫だ。

この花は父親が植えたものだが、今まで殆ど咲いた事が無かった。実は、クレマチスに「古枝咲き」が有る事を知らなかったのだ・・蔓が伸びてきて花が咲かないと、根元から切ってしまっていた(泣)
 一昨年誘引をしたら、去年からは沢山咲くようになった。
嬉しい事ではあるが、古枝咲きのクレマチスは蔓が切れなくて、バラの誘引が出来なくなった。

2013年4月7日日曜日

カメの回し車の修理
















カメ吉の回し車が壊れたので修理した。作ってからもう5年になる。毎日のように回しているので、底板の糊が剥がれてとれてしまった。底板を木工用ボンドで貼付けた。明日までこのまま洗濯バサミで固定しておく。回し車の右に写っているのは軸の部分。
















この写真は回し車に軸を通したところ。
作るときここが一番苦労した。最初はベアリングみたいなもので、回転させる事を考えた。しかし、カメ用なのでもっとラフにしても回るようにしたかった。
















一ヶ月位考えていて、思いついたのがコレ! 思いついたのはトイレで。トイレットペーパーを使っていたら、ラフなのにカラカラと良く回る。これは良い!と穴と軸とに隙間があるトイレットペーパー方式を採用した。かなり隙間があるのがわかるだろうか。これで回し車は良く回る。

2013年4月6日土曜日

盆栽の植替




















 松柏類の盆栽は、4年に一度植替が必要らしい・・・父の盆栽を引き継いで5年になるが、一度も植替をした事が無かった。今日の午後は雨降りの中、ガレージで植替をした。父は会社の盆栽部にいた事もあり、道具は一通り揃っている。新しく買う物が殆ど無いところは便利だ・・・桐生砂を使うのも初めてだが、やはり使いかけの袋がしまってあった。
 写真の盆栽は40年は経っているだろう。結構重かった。それなりに風格もある。今日は3鉢植替して終わりにした。明日も残り5鉢の植替だ・・

月桂樹の花
















 月桂樹に花が咲いた。小さな薄黄色の花で可愛らしい。花が咲いたのは今年が初めてだ。こんなに可愛らしい花が咲くとは知らなかった・・ますます、月桂樹が好きになる。

 今日は早起きをして、夜明けとともにバラに薬剤の散布をした。天気予報では今日の午後と明日は雨だ。合間をぬって早朝に散布をしたのだが、途中から雨が降ってきた。幸い散布が終わったら雨は止んだが、多少流れ落ちたかもしれない・・・

 月桂樹の花を撮影している時は薄日が差し、雨上がりの爽やかな感じになった。撮影中アカハラが囀っていた。キョロン・キョロン・ツリーと奇麗な声だった。戸隠でよく聞いたが、高原に来たような錯覚を覚えた。渡りの途中にこの辺に立ち寄ったのだろうか・・